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2024/07/22

人間として正しいことを追求する

 私はまったく経営というものを知らなかったのですが、縁あって27歳のときに京セラという会社をつくっていただき、経営することになりました。従業員28名の小さな会社でしたが、創業するとすぐに決めなくてはならないことが山ほど出てきました。「これはどうしましょうか」と次々社員が決裁を求めてきます。
 私にはそれまで経営の経験があるわけでもなく、経済も経理も知りませんでしたが、それでも判断を下していかなくてはなりません。私は何を基準に判断していけばいいのか分からず困り果てていました。
 悩み続けた結果、「人間として何が正しいのか」をベースにして、つまり、最も基本的な倫理観に基づき、「人間として正しいことなのか」「正しくないことなのか」「善いことなのか」「悪いことなのか」を基準にして判断していくことにしたのです。
         (稲盛和夫著「成功」と「失敗」の法則 致知出版社 より引用)

 弊社の今年の経営計画発表会にお渡しした本の一節からです。実は、昨年のコラムで同じような内容を取り上げましたが、再度取り上げることをお許しください。
 私自身、他社から父親の事務所に入社し、決裁すること・決断することに携わることなく仕事を続けてきて、自分が経営者の立ち位置になり最終決断をしなければならない役割になって始めて、決裁に関する同じ迷いと不安を感じ、そんな時期に出会った稲盛さんの言葉でしたので実際に救われたものでした。
 判断・決断ができるようになるためには、現実として、社員教育、管理者教育として、小さくても良い判断をする経験・トレーニングを行うことが、将来の幹部候補教育として絶対に必要なんです。決断する役職になったとき、経験がないとリスクを考え怖くなり、決断を避ける前年踏襲の方針しか選択できないような管理者ですと、会社を守る行動が難しくなると私は思います。
 経営環境が激変している今、自社の現状を否定し新たにチャレンジとなる決断が重要になってきますし、不安と怖さから選べないようでは、会社の衰退・後退の始まりとなります。決断することは苦しい意思決定なのです、だからこそ、期待する次世代の将来幹部教育にとっては小さな判断のトレーニングが、力を付ける意味で必要と思うのです。
 経営者として、部下の小さな提案にことごとくダメ出しをしていたりしませんか。小さな提案であれば、失敗してもリカバリーできますし、その部下にとってはものすごく良い経験と教育になるはずです。
 うちの社員にはろくな者がいないと嘆く前に、幹部教育として意図して実施してみませんか。中小企業には潤沢な社員の採用はできない現状です。その中で、社員を成長させる取り組み・仕組みが我が社にあるのかどうか、もう一度考え、行動を変えてみませんか。

  なお、稲盛さんは、次の言葉で締めています。
 「人間として正しいことを追求する」ということは、どのような状況に置かれようと、 公正、公平、正義、努力、勇気、博愛、謙虚、誠実というような言葉で表現できるものを最も大切な価値観として尊重し、それに基づき行動しようというものです。
所長による経営随想コラム R0607号

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